最近、読んで感動した一節を紹介します。
宮部みゆきの「火車」という本のなかにありました。
「……あのね、蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?」
「脱皮っていうのは――」
「皮を脱いでいくでしょ?あれ、命懸けなんですってね。すごいエネルギーが要るんでしょう。それでも、そんなことやってる。どうしてだかわかります?」
本間より先に、保が答えた。「成長するためじゃないですか」
富美恵は笑った。「いいえ、一所懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。今度こそ、今度こそ、ってね」
べつにいいじゃないのね、足なんか生えてこなくても。蛇なんだからさ。立派に蛇なんだから。富美恵は呟いた。
「だけど、蛇は思ってるの。足があるほうがいい。足があるほうが幸せだって。そこまでが、あたしの亭主のご高説。で、そこから先はあたしの説なんだけど、この世の中には、足は欲しいけど、脱皮に疲れてしまったり、怠け者だったり、脱皮の仕方を知らない蛇は、いっぱいいるわけよ。そういう蛇に、足があるように映る鏡を売りつける賢い蛇もいるというわけ。そして、借金してもその鏡がほしいと思う蛇もいるんですよ」
あたし、幸せになりたかっただけなのに。関根彰子は、溝口弁護士にそう言った。
(宮部みゆき「火車」新潮社より)
いかがでしょう。考えさせられる一節だと思いませんか。
担当:冨山恭道
九段下の会計事務所
http://www.tomiyama-kaikei.jp/